芳香族化合物の実験 (2)
1. 安息香酸の作成: トルエン有毒注意
トルエン(C6H5CH3、 M=92.1、bp.110.6℃、ρ0.867)を 過マンガン酸カリウム(KMnO4、 M=158.0)で酸化して、芳香族カルボン酸の安息香酸を作る実験をする。
トルエンは、ベンゼン環にメチル基がついている構造により電子密度が偏っているため、ベンゼンの25倍も
求電子置換反応(ハロゲン化、ニトロ化、スルホン化など)を受けやすくなり、メチル基以外の所(特に、オルト位や
パラ位)で置換反応が一つまたは複数起こる。(パラニトロトルエン、パラクロロトルエン、パラトルエンスルホン酸、トリニトロトルエン(TNT(爆薬))
等)
一方、トルエンのメチル基については、クロム酸ではベンズアルデヒドまで酸化され、過マンガン酸カリウムのような強力な酸化剤では、さらに安息香酸にまで酸化される。
過マンガン酸カリウム(KMnO4) 30gと 水30mlを フラスコに入れて懸濁させておき、振り混ぜながら少しづつ
トルエン 15ml(反応量は10mlで、少し過剰量)を加えると途中まで反応して温まるが、生成した水酸化カリウム(KOH)のため強アルカリ性になって反応は止まる。
そこに、10%硫酸 46mlを振り混ぜながら少しづつ加えると、発熱反応し、二酸化マンガン(MnO2)が沈殿して
液の濃い赤紫色は消える。さらに10分間還流する。 ろ過して二酸化マンガンを除き、ろ液を分液漏斗に入れ未反応のトルエンを除き、これに過剰量の硫酸(10%)を加えて酸析して、安息香酸の結晶を得る。 (* 収量は5gで、非常に少なく、酸性にしたとき過剰のトルエンにかなりの部分が溶け込んだものと思われる。トルエン量を少なくし、一回目のろ過前にKOHでアルカリ性に戻す必要がある。)
MnO4− + 2 H2O + 3 e− → 4 OH− ・・・ (1) 硫酸酸性で、 MnO4− + 4 H+ + 3 e− → MnO2 + 2 H2O
一方、 C6H5−CH3 (トルエン) + 6 OH− → C6H5−COOH + 4 H2O + 6 e− ・・・ (2)
(1)、(2)の両辺を足して、 C6H5−CH3 (トルエン) + 2 MnO4− → C6H5−COO− + 2 MnO2 + OH− + H2O
∴ イオンを消すと、 C6H5−CH3 (トルエン) + 2 KMnO4 (過マンガン酸カリウム) → C6H5−COOK(安息香酸カリウム) + 2 MnO2↓ + KOH + H2O
1’ 安息香酸ナトリウムからの酸析:
1で、高価な過マンガン酸カリウムを用いた割に あまりにも収量が少なかったので、次の実験に備えて、ある程度の量を作っておくことにした。 食品添加物用の安息香酸ナトリウム(C6H5COONa、M=144.1、溶解度:62.8g/100ml水(0〜30℃)、 500g1000円位、Amazon)を購入して、硫酸で酸析した。
安息香酸ナトリウム 144g(約1mol)を水に溶かして800mlにする。 95%硫酸30ml(1/2mol + α)を水に溶かして200mlにし、安息香酸ナトリウム溶液に加えると、多量の安息香酸の結晶が析出する。(pH≒4、 安息香酸:pKa4.21、mp.122.3℃、0.34g/100ml水(25℃)) 泥漿を吸引ろ過し、4回に分けて
それぞれ1000mlの熱湯に大部分を溶かし(2割くらい溶け切れない部分を含む)、冷却して再結晶する。(軽いうろこ状結晶) ろ過・乾燥で、約85g(収率70%)。
2. 安息香酸メチル:
芳香族カルボン酸である安息香酸(C6H5COOH、M=122.1、mp.122.3℃)と メタノール(CH3OH、M=32.0、bp.64.7℃)のエステルである 安息香酸メチル(メチルベンゾエイト、M=136.2、bp.199℃、ρ1.08)を、硫酸で脱水縮合させるフィッシャー・エステル合成反応によって作る。 香料成分や溶剤に用いられる。
安息香酸 30gと、過剰量のメタノール 75ml を 500ccのフラスコに入れ、冷却・撹拌しながら 濃硫酸 9mlを少しづつ加える。 これに還流管(=冷却器)を付け、30分間直火で加熱・還流する。 冷却後、水150mlと (密度を上げるため)ジクロロメタン(bp.39.6℃、ρ1.33)50mlを加えて 分液ロートに入れ、振とうして 下層を取る。 さらに飽和重曹水と振とうして(ガス抜き)酸を除き、下層をフラスコに取り塩カルで乾燥する。
この液と さらにジクロロメタンで洗った洗液を 250ccの蒸留フラスコに入れ、オイルバスで蒸留し、初留分(ジクロロメタン等)を捨て、油の温度で200−220℃の留分を取る。 収量:約26g。
3. サリチル酸メチル: サリチル酸 腐食注意
カルボキシル基のオルト位に OH基が入った サリチル酸(C6H4(OH)COOH)を用いて、メタノールとのエステルを作る。 サリチル酸メチルは、特有の臭気がある。消炎・鎮痛効果があるので、”サロメチール”、”サロンパス”などの外用薬、シップ等に用いられている。
サリチル酸(M=138.1、mp.159.0℃) 13g、 メタノール(CH3OH、M=32.0、bp.64.7℃、ρ0.792) 12ml(大過剰量)、 濃硫酸(H2SO4) 1.5ml をフラスコに入れ、還流器を付けて 直火で20−30分加熱・還流する。 冷えたら、300mlの飽和重曹水に投入すると、CO2放出と同時に、ビーカーの底に サリチル酸メチルが溜まる。 これに(分離しやすくするために)ジクロロメタンを少し加えて、分液ロートに入れ、下層を取る。 ビーカーに入れ、シリカゲルで乾燥すると、エマルジョンの水が抜けて透明になる。 量が少ないので、そのまま上澄みをホットプレートで加温してジクロロメタン(bp.39.6℃)や メタノールなどを飛ばすと、サリチル酸メチル(C6H4(OH)・COO・CH3、 M=152.1、mp.−9℃、 bp.220℃、ρ1.17)が残る。 収量:
9g。
4. アセチルサリチル酸:
アセチルサリチル酸(C6H4(COOH)・O・COCH3、M=180.2、mp.135℃、bp.140℃(分解))
は、サリチル酸のカルボキシル基はそのまま残し、OH基のHを アセチル基(CH3CO−、 Ac−)に置換したもの。 サリチル酸は、古代から柳に含まれる成分による鎮痛効果が認められていて、アセチル基はこのサリチル酸の刺激を緩和する働きをしている。”アスピリン”の商標で解熱・鎮痛剤として現在も一般的に用いられている。(”バファリン”など、胃を荒らさないよう制酸剤と合わせて服用)
合成は、サリチル酸(M=138.1、mp.159.0℃) 4g、 無水酢酸(CH3CO・O・COCH3、 or (CH3CO)2O、 M=102.1、bp.140.0℃、刺激性・取扱注意) 6ml、 濃硫酸 H2SO4 6滴 をフラスコに入れ、湯煎で 70−80℃に加熱して 冷却管を付けて還流しながら、30分間、時々撹拌する。 冷水を入れたビーカーに注いで、沈殿物をろ過、熱水に溶かして再結晶する。
(酢酸エチルに溶かして再結晶する方法もある)
Fe(V)では、変色しない。(サリチル酸では、フェノールと同様、紫)
5. アニリン塩酸塩:
アニリン塩酸塩(塩酸アニリン、C6H5NH3+Cl−、M=129.6、mp.199−202℃、溶解度:107g/100ml水(20℃)、潮解性)は、アゾ色素やジフェニルアミン合成などのアニリンの実験用に、あらかじめ作っておくと便利である。 単純に、アニリンを等モルの濃塩酸で中和して、そのまま結晶化させて作る。
アニリン(C6H5NH2、 M=93.1、bp.184.1℃、ρ1.02) 28.0ml(0.3mol)
をフラスコに入れ、 濃塩酸(HCl、 M=36.5、35%、ρ1.18) 26.5ml(塩酸がわずかに多い)
を滴下ロートに入れて、氷冷しながら滴下、混合する。 中和後、加温すると全て溶けて透明な液体になるので、ビーカーに入れ冷却して結晶を析出させる。 吸引ろ過し(水洗しない)、300ccのトールビーカーに入れて、ロータリーキルンのように手で回して加温・乾燥させる。(多少
塩化水素ガスも出るので、換気注意)
水に非常によく溶け、潮解性があるので、密栓して保存。 収量: 23g。
6. アセトアニリド:
アニリンのアミノ基は反応性が高いので、アミノ基を残して ニトロ化やスルホン化をすることはできない。
そこで、これを保護するため、アセチル基を導入して、アセトアニリド(C6H5NH・COCH3、M=135.2、mp.114.3℃、ρ1.22)として用いる。(アセチル保護) 戦前は、解熱・鎮痛剤として用いられた。戦後は、パラ位にOH基の入った、より副作用の少ない
アセトアミノフェンが広く用いられている。
無水酢酸((CH3CO)2O、 M=102.1、bp.140.0℃) 30ml、 反応を穏やかにするための 氷酢酸(CH3COOH、bp.118℃) 30ml をフラスコに入れ、氷冷・撹拌しながら、アニリン(C6H5NH2、M=93.1、bp.184.1℃、ρ1.02) 16mlを ゆっくり滴下する。(かなりの発熱反応なので、温度が上がらないように注意する) 滴下後は、30分間湯煎で加熱・還流する。
(酢酸だけでもできるが非常に時間がかかる)
冷えてから氷冷水中に投入し、析出した結晶を吸引ろ過する。 ろ過物を必要最小限の熱水に溶かし、冷却すると
精製結晶ができるので、吸引ろ過・乾燥する。 収量: 約15g。
7. パラニトロアニリン:
アセチル基でアミノ基を保護された アセトアニリド(C6H5NH・COCH3、M=135.2、mp.114.3℃)を、混酸でニトロ化して、パラ(p−、4−)ニトロアニリン(p−C6H4(NO2)NH2、 M=138.1、mp.146−149℃、ρ1.44)だけを 分別結晶する。
アセトアニリド 2gに 濃硫酸 5mlを加え、よく溶かしておく。 氷冷しながら、濃硝酸(HNO3)
3mlを、一滴ごとに強く撹拌して加えていく。 常温で20分放置する。 10gの氷のみに入れて、撹拌して、p−ニトロアセトアニリドを沈殿させ、吸引ろ過する。(約4.9g)
半乾きの状態で、6N塩酸(1:1 HCl) 30mlと共に、加熱・還流して、加水分解する。(いったん完全に溶ける) 氷冷したビーカーに入れ、6N水酸化ナトリウム(NaOH)で、塩酸と、遊離した酢酸分とを中和して、pH8
以上にすると、p−ニトロアニリンの粗結晶(p−メイン、o−一部)が得られる。 ・・・ * 後でペーパークロマトにかけるので
一部取っておく。
粗結晶1gにつき約150mlの熱水で完全に溶かし(∴250ml+α、o−との
溶解度の差を利用*) 放冷すると、特徴のある針状結晶が析出するので、これを集め、吸引ろ過・乾燥する。
* 溶解度: p− 0.057g/100g水(25℃)、 1.157g/100g(40℃)、 2.2g/100g水(100℃); o− 0.121g/100g水(25℃)、 2.423g/100g水(40℃) で、o−
のほうが大きい
8. 硫酸ヒドラジン: ・・・ これは芳香族化合物ではないが、次の人造色素のルミノール(ヒドラジン縮合)で使うので、ここで作成しておいた
1000mlビーカーに、ブリーチ(有効塩素5%の次亜塩素酸ナトリウム液、NaClO)500mlを入れ、氷冷しながら、固形の水酸化ナトリウム(NaOH)32gを溶かしておく。(8℃以下に保つこと) 尿素((NH2)2CO、M=60.1) 22gを水30mlに溶かしたものと、ゼラチン(キレートを作って硬水を軟化する)0.75gを熱湯15mlに完全に溶かしたものとを
混ぜておく。
水酸化ナトリウムを溶かし切ったブリーチをホットプレートで温め、尿素+ゼラチン液を一度に加える。 強く撹拌すると、CO2の泡が立ち、尿素がホフマン転移してできたカルバミン酸が、ヒドラジン((NH2)2、水溶性)と 二酸化炭素CO2に分解する。 大部分のCO2は 水酸化ナトリウムに吸収され、炭酸塩になる。 これで、85℃で 5分間加熱して、ただちに、氷冷する。
0℃(できれば−15℃程度)に冷やしておいた 50%硫酸(H2SO4) 60mlを 駒込ピペットで加えて撹拌し、CO2を発生させ(Na2CO2とH2SO4の中和)、加え終る頃に 硫酸ヒドラジン(H2N−N+H3・HSO4−、M=130.1、mp.254℃、溶解度:3.0g/100ml水(20℃)、14.0g/100ml水(80℃))の白い沈殿ができるので、これを吸引ろ過して乾燥させる。
収率: 7gで 少なかった。 かなり水に溶けるので、初めの次亜塩素酸ナトリウムの濃度がポイントになると思われる。(ブリーチ:6%、ハイター:>2% 低過ぎ) (→ 別に、アンモニア水からメチルエチルケトンを通して作る方法がある*)